大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和37年(ワ)8308号 判決

原告

徳富豊

右訴訟代理人

泥谷伸彦

被告

株式会社田中土鉱機製作所

右代表者

田中豊一

右訴訟代理人

岡田実五郎

佐々木

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告は「被告は原告に対し、金二、九三二、六三一円およびこれに対する昭和三五年七月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、つぎのとおり陳述した。

(請求の原因)

一  原告は、道路補修機具等の製造販売を業とする被告会社に自動車運転手として雇用されていたものであるが、昭和三五年七月下旬被告会社の商品運搬のため、同会社所有の小型四輪自動車(トヨエース、以下「加害車」という。)を運転して東京から関西方面に赴いたが、その帰途同月二七日午前五時ごろ、愛知県知立町内において加害車を停めて仮眠したところ、被告会社の被用者で加害車に自動車運転助手として同乗中の訴外本田由一が、自動車運転免許をもないにもかかわらず、原告の仮眠に乗じて無断で加害車を運転し、間もなく加害車を同町内路上の電柱に激突させたため、頭蓋内出血、脳挫傷、腰部挫傷、左下腿複雑骨折、左動眼神経麻痺の傷害をこうむつた。

二  右のとおりであつて、(1)訴外本田の加害車の運転は、被告会社のためになされたものであり、被告会社は自己のために加害車を運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法第三条本文の規定に基づき、本件事故によつて原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。(2)かりに、原告が同条所定の「他人」に該当しないとしても、本件事故は被告会社の被用者である訴外本田が、その事業の執行中に過失によつて惹起したものであり、原告は民法第七一五条第一項にいわゆる「第三者」に該当するから、被告会社は同条の規定に基づき本件事故によつて原告に生じた損害を賠償する義務がある。けだし、同条の「第三者」とは「事業経営者及加害行為ヲナシタル被用者以外ノ者」を指称する(大審院大正一〇年五月七日判決民録二七輯八八七頁、最高裁判所昭和三二年四月三〇日判決集一一巻六四六頁)ものであり、本件事故における加害者は訴外本田であつて、原告を右の「第三者」とするに、何らの妨げがないからである。

三  本件事故による原告の損害はつぎのとおりである。

1  労働能力喪失による損害

原告は前記受傷の結果、左眼失明、左腕指上下運動不十分、左足運動不能のほか頭脳に障害をのこし、全く回復の見込はなく、そのため将来にわたつて全労働能力を喪失するにいたつたものである。原告(大正七年一月五日生)は、昭和三五年七月被告会社に月給金二五、〇〇〇円で採用され、その生計費は月額金八、〇〇〇円であるから、月額金一七、〇〇〇円の純利益を挙げ得たもので、かつ、本件事故当時四二才で、なお、二七・七六年の余命、(厚生省統計調査部作成第九回生命表)があり、本件事故に遭遇しなければ、右余命のうち、すくなくとも六〇才までの一八年間は、引きつづき稼働して右純利益を挙げ得たものと推定すべきであるから、結局、本件事故によつて右純利益の一八年分に相当する金三、六七二、〇〇〇円の得べかりし利益を喪失したというべきである。そして、いまこれを一時に請求するものとしてホフマン式計算法により民法所定年五分の割合による中間利息を控訴して現在価額に換算すれば、金一、九三二、六三一円であるから、原告は右と同額の得べかりし利益の喪失による損害をこうむつたというべきである。

2  慰藉料

原告は、前記受傷のため昭和三五年一二月二二日まで入院し、現在なお通院加療中であるが、この間二か月は意識不明のまま生死の境をさまよい、また喪失した過去の記憶を回復するに一年間を要したほか、現在においても前記後遺症のため単独で歩行することもできず、今後廃人同様の生活を送るほかなきに立ちいたつたものである。

原告は、昭和七年台化工業学校機械科を卒業して台湾鉄道省に技術員として奉職後名古屋の飛行学校機関科を卒業して終戦まで大日本航空台北支社および中華航空等に勤務し、引揚後はタクシー会社を経営するなどして今日におよび、その家族としては内縁の妻および子供二人があつて、有能な社会人として平和な家庭を営んでいたものであるが、本件事故によつて一挙に前記の窮状に突き落され、原告はもとより、その家族までもが路頭に迷う状態に陥つたものである。他方、被告会社は入院費を支払つたのみで、原告を見舞うこともせず、前記のような窮状に対し、何ら誠意ある態度を示さないものであつて、原告が本件事故によつてこうむつた精神的苦痛は甚大である。以上の事実にかんがみれば原告に対する慰藉料は金一、〇〇〇、〇〇〇円を下るものではない。

四  よつて、原告は被告に対し前項掲記の合計額金二、九三二、六三一円およびこれ対する本件事故の翌日である昭和三五年七月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴におよんだものである。

(抗弁事実に対する認否)

否認する。

被告は、主文と同旨の判決を求め、つぎのとおり陳述した。

(請求の原因に対する答弁)

一  第一項につき、原告が道路補修機具等の製造販売等を業とする被告会社に自動車運転手として雇用されていたこと、原告がその主張のとおりの用務のため被告会社所有の加害車を運転した帰途、その主張にかかる日時、場所において、加害者に同乗中の被告の被用者訴外本田が加害者を運転し、間もなく加害車を原告主張の電柱に激突させたこと、訴外本田が自動車運転免許をもたなかつたこと、以上の事実は認める。原告がその主張のような受傷をしたことは知らない。その余の事実は否認する。

訴外本田は機械修理工であつて、被告会社が同人を加害車に同乗させたのは、原告が加害車で運搬した商品(工作機械)の運搬途中における故障の修理と、その販売先における据付等の必要上そうしたまでで、自動車運転助手として同乗させたものではなく、また、訴外本田が加害車を運転するにいたつたのは、原告が疲労を理由に積極的に加害車の運転を同人にゆだねたからであつて、原告の仮眠に乗じ無断で運転したものではない。

二  第二項は否認する。原告は、(1)自動車損害賠償保障法第三条本文の規定にいわゆる「他人」に該当するものではないから、被告会社は原告に対し、同条に基づく損害賠償義務を負担するものではない。けだし、加害車の運転者は同法第三条本文にいわゆる「他人」に含まれないと解するのが相当であり、原告はその主張のように被告会社に自動車運転手として雇用され、被告会社の具体的な命令によつて加害車を運転していたものであるが、その途中、訴外本田が自動車運転免許をもたず、かつ、前記の事由で加害車に同乗していたことを知りながら、自己の責任において訴外本田に加害車の運転を代行させ、本件事故発生当時同人の加害車運転を補助していたものであるから、たとえ、本件事故発生当時、現実に加害車のハンドルを握つて、その運転行為をしていなかつたとしても、原告は、同法第二条第四項の「運転者」に該当するものということができるし、また、同法の立法趣旨に照らせば、前記にいわゆる運転者とは、当該自動車の現実の運転行為を担当する者のほか、右自動車の運行につき直接責任を負つて同乗している者も含むものと解すべきであり、原告が加害車の運行に関し、直接責任を負つてこれに同乗していたことは明らかであるから、この点から見ても、原告は右の運転者に該当するといわざるを得ないのである。(長野地方裁判所松本支部昭和三四年九月二三日判決、判例時報二〇七号二五頁、東京地方裁判所昭和三四年一二月一八日判決、下級裁民事判例集一〇巻二、六三四頁、東京高等裁判所昭和三五年九月二二日判決、下級裁民事判例集一一巻一、九六九頁参照)。(2)また、原告は、民法第七一五条第一項本文の規定にいわゆる「第三者」にも該当するものではない。すなわち、原告は加害車の運転手としてその運行に関し全責任を負担するものであつて、他の者に加害車を運転させるべきではないにかかわらず、前記のとおり訴外本田に加害車の運転をゆだねた結果本件事故が発生するにいたつたもので、それは、原告自身の過失に基因するものというほかなく、同条にいわゆる「第三者」とは事業経営者及び加害行為をなした被用者以外のもの指称するものと解すべきことは原告主張のとおりであるから、自ら加害行為をなした被用者である原告は、右の「第三者」に該当しないというほかはない。

三  第三項につき、原告がその主張の日時まで入院した事実は認めるが、その余の事実はすべて知らない。

(抗弁)

一 原告が加害者の運転を開始するに先き立ち、被告会社は原告に対し、時間は問わないから疲れたときは随時休憩して帰るよう注意したにかかわらず終夜運転を続け、あまつさえ、前記の経過で無免許者である訴外本田に加害車を運転させた結果本件事故が発生するにいたつたものであつて、その原因は原告自身にあるから、たとえ、右事故によつて原告に損害が発生したとして、被告会社に対してその賠償を求めることは権利の濫用として許されないというべきである。

二 右主張が認められないとしても、原告が前記のとおり無免許者である訴外本田に加害車の運転を代行させたこと自体が重大な過失というほかないから、この過失は損害賠償額の算定にあたり斟酌されるべきである。

証拠<省略>

理由

一  原告が道路補修機具等の製造販売を業とする被告会社に自動車運転手として雇用されていたとこ、原告が被告会社の商品運搬のため同会社所有の加害車を運転して東京から関西方面に赴いた帰途、その主張にかかる日時場所において、加害車に同乗中の被告会社の被用者訴外本田が加害車を運転し、間もなくこれを電柱に激突させたこと、訴外本田は自動車運転免許をもたなかつたこと、以上の事実は当事者に争いがなく、この事実と(証拠―省略)を総合すると、つぎの事実を認定することができる。すなわち、本件事故が発生するにいたつた経過は、原告および訴外本田は、前記商品の納入を終えて、本件事故の前々日に福井市に到着して一泊し、その翌日、訴外本田は、同市内における被告会社のアスフアルト散布機販売先に赴き、午後三時ころまでその修理および試運転を行なつたがその夕刻、被告会社へ連絡したところ豊橋市へ行くよう命じられたので、同日午後六時ころ、加害車の助手席に同乗し、原告がこれを運転して帰途につき、終夜運転をつづけて本件事故現場に近づいたが、翌二七日早朝原告は加害車を停めて睡気を訴えるにいたつたこと、訴外本田は前記のように被告会社から豊橋市へ赴くよう命ぜられて先を急いでいたこともあり、また、無免許者ではあるが、かつて自動車を運転した経験もあつたことから、原告に対し加害車運転の交替を申し出たところ、原告は、同人が無免許であることを知りながら加害車のエンジンをかけたままの状態で、黙つて同人とその席を交替し、その申し出に応じたこと、かくして、訴外本田は加害車を運転するにいたつたが、自己もまた睡気におそわれ、ついに居眼り運転に陥り、本件事故を発生するにいたらしめたこと、訴外本田は、被告会社に機械技術員として勤務していたもので、その担当する職務は被告会社が販売した道路舗装機械の試運転および現場における指導等であつて、加害車に同乗したのは、原告が加害車で運搬した機械の売渡先への納入、その運転指導等が目的であつて加害車の運転助手として同乗したものでないこと、原告は本件事故の結果、脳挫傷(頭蓋骨々折)、顔面、左中指小指挫創、左下骨複雑骨折、左足、挫創の各傷害をこうむつたこと、以上の各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  原告は被告会社に対し本件事故による損害の賠償を第一次的に自動車損害賠償保障法第三条本文に基き、予備的に民法第七一五条第一項に基き請求するので、以下に順次右法条の適用の有無を検討する。

(自動車損害賠償保障法第三条本文の適用の有無)

前項判示によれば、本件事故発生時に加害車を操縦していたのは訴外本田であるが、同人は本来運転免許を有せず、被告会社販売の道路舗装機械の売渡先への納入およびその運転指導などのため同乗していたにすぎず、加害車について運転担当の職責を負つていたのは原告のみであり、しかも本田の操縦に際し助手席に座していたというのであるから、同人操縦の間も原告は加害車の運転者の地位を離脱せずこれを保持していたものと認めるのが相当である。そして自動車損害賠償保障法第三条本文にいう他人には加害車の運転者は含まれないものと解すべきであるから(最高裁判所昭和三七年一二月一四日判決民集一六巻二四〇七頁参照)、原告は同法条の他人に当らず従つて原告は右法条により本件加害車の所有者である被告会社に対し本件事故により被つた損害の賠償を求めることはできないものといわざるを得ない。

(民法第七一五条第一項の適用の有無)

また民法第七一五条第一項によつて保護される第三者とは使用者および加害行為をなした被用者以外の者を指称するものと解すべきところ、前叙のように本件加害者の運転担当者は原告のみであつたというのであるから、運行中睡気に襲われたときは直ちに運転を中止して仮眠休息をとり、疲労の回復を待つて安全運転を続ける等の措置に出づべく、いやしくも他人に運転を委ねることなどは厳に慎しむべきであるにもかかわらず原告は右職務上の義務に違背し他の用務のために同乗していた前記本田の申出に軽々に応じ、同人が無免許者であることを知りながら同人に運転を託する違法行為を敢てし、その結果本田の居眼り運転により本件事故の発生をみるに至つたというのであるから、本件事故は第一次的には原告の右職務上の義務違反、違法行為に基因し原告の被害は自ら招いたものにほかならないといいうるから、従つて民法第七一五条第一項の適用に関しては原告は加害行為をなした被用者にあたり同条所定の第三者に該当しないと解するのが相当である。最高裁判所昭和三二年四月三〇日判決民集一一巻六四六頁は過失ある共同担当者も同条の第三者に該当する旨判示するが、右は陸送事務に従事中の運転助手が運転手の過失により被害を受けた例で、ただ右助手にも過失相殺として斟酌すべき過失が存するとされた事案に関するもので、本件のように加害車の運転についてひとり職責を負う原告自身に事故の発生について前記のような重大な過失の存する場合とは趣を異にするもので、彼此同断に論ずるのは相当でないというべきである。また民法第七一五条第一項の使用者責任のよつて立つ理念である報償責任の原理もかかる場合の原告の保護救済までも要請するものとは到底解し得ない。従つて原告は右法条により使用者たる被告会社に対し本件事故による損害の賠償を求めることも許されないものというべきである。

三 よつて原告の本訴請求はその他の点について判断するまでもなく理由がないことが明らかであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(鈴木潔 梶本俊明 原島克己)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例